好きな女性表現者

2013.05.24 Friday

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    ジェーン・スーさん





    大好きな表現者さんを集めてみました。
    こうして並べてみると、
    何か強烈な共通点見えてきそうな。

    こういう感性が好き。
    さて、音楽でどう表現していこうか。
    何ができるかな〜♪

    土曜夜のプチパーチー

    2013.04.19 Friday

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      またまたご家族のおうちにお邪魔していた金曜日♪

      美味しい自家製ピザをいただきながら、
      探偵ナイトスクープをみんなで観ました。
      すごく久しぶりだったけど、
      やっぱり面白かった。探偵ナイトスクープ。

      そして思い出したこと。
      小学生くらいまで毎週土曜夜はプチパーチーの日でした。
      晩ごはん後お風呂に入って、
      テレビを観ながらお菓子を食べたりジュースを飲んだりしてもいい時間でした。
      探偵ナイトスクープや世界不思議発見を観たりゆるりとしながら、
      ポンジュースの炭酸割とスナック菓子やらピザやらをムシャムシャもぐもぐ。

      父が外でご飯を食べることが嫌いな人だったので、家族揃って食べに出ることはほとんどありませんでしたが、
      この土曜夜のプチパーチーは、
      家族で過ごす一番好きなひと時でした。

      どうしてお母さんを選んだの?

      2013.04.18 Thursday

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        あるご家庭におじゃましていたときのこと。

        小学生の娘さんが、
        生まれる前の話などしてくれてほっこり。

        お父さんの「どうしてお母さんのおなかに来たの?」
        という質問に、
        「お母さんの歌がきれいだったから。」
        て。

        そうなんだなぁ。とほんわりしながら、
        私と母はどういう繋がりから母子になったんだろうかと。

        別居するまでの18年くらいの間、
        大喧嘩を繰り返す両親でした。
        お互いの悪口を子どもに言ったり、小さな嫌がらせや大きな嫌がらせを繰り返す。喧嘩に包丁まで出てくることもありました。
        常に憎み合っているんだと思っていたから、
        なんでこの二人は結婚したんだろう?といつも不思議でした。
        母に聞いたら、騙されたんだとか、可哀想だったから、とか言ってましたが。

        肝心ないい話はしない人っています。
        悪いこととか恵まれていないことしか話さない人。愚痴ばかり。
        当時母はそういう傾向でした。

        その頃はふぅんと思っていましたが、
        今から考えたらそんなはずはない。
        好きだから結婚したに決まってるじゃないですか♪

        私が成人して、結婚して、やっと母は父とのいいエピソードを話してくれました。

        父は趣味でギターをやっていて、
        付き合っていた母に弾いて聴かせたそうです。
        それを聴いた母は、素敵!と思って、
        この人と結婚してもいいかなぁと思ったそうです。

        いい話じゃないか。
        もっと早くに教えてくれよ!
        いがみ合っていた時は、そんなエピソードもお互い忘れていたのかもしれませんね。
        喧嘩してエネルギーをぶつけ合うことを、二人は必要として楽しんでいたんじゃないかと今なら思う。
        子どもの前ではやるな。
        とも言いたい。

        生きるのに苦労してきた両親。
        辛い思いをたくさんしてきた二人が、
        そうやっていい感じにじゃれあってるのは微笑ましい図です。






        自己分析

        2013.04.16 Tuesday

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          「つらかったね。

          親からもまわりからも否定される環境、

          そりゃ誰でも辛かよ。

          これまでようがんばった。」
           
          武田双雲さんのこの記事を読んで涙が。
           
          そんなに辛かったとは、私も気づいてなかった。
          この相談者の方と同じで、
          私が何かでうまく行っても、
          それは母のおかげだと、
          私の実力ではないと否定された。
           
          そんな程度でうまく行ったと満足するなよと、
          常にプレッシャーを感じていた。
           
          母は私や兄のことをかわいがる風にいたぶることがあった。
          教育風にいじめることとか。
          それは、母が子どもの頃祖母からされたことと
          同じだったのだろうか。
          母も辛かったんだろうか。
          褒めて欲しかったんだと思う。
          たとえ自分の産んだこどもからでも。
           
          私はいつも母の顔色を伺って、
          自分がどうしたいかではなく、
          母が私にどうしてほしいのかを気にした。
          伺っていることに対してイライラされることもあったので、
          伺っているように見せないように
          その要求に合わせて行動する癖がついた。
          自分が本当はどうしたいのか。
          それが一番大事だ。
           
          そして、
          そのようなコミュニケーションを選択する自分が存在することと、
          そういうコミュニケーションを求めてくる相手にも気づいた方がいい。
          すべては自分の選択次第ですね!
           
          ☆さらに、双雲さんが素敵なことを書かれていたのでご紹介。
          「双雲@自分がいいと思わないことを
          いくら相手のためだと思ってプレゼントしても
          それはいつか、破綻する。」
           
          納得。
          自分が予測した相手がいいと感じていること
          なんて、
          その予測自体が合っているかどうかもわからない。
          なんて無駄な空回りをしていたんだろうか。
          笑ってしまう。
          私の脳みそなんてこんなもんだ、とある意味諦めよう。
           
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          4/18 追記:
          この記事を読んで、今までの私も好きだと言ってくれる友人がいました。
          とてもありがたいし、それはそれで嬉しい。
           
          私のこれまでの思考?潜在意識?
          もすべてが間違っている訳ではなくて、
          自分でもこれはいいと思っている回路もある。
           
          これまでの考え方をして危険を回避できたことも
          数えきれないほどあるのです。
           
          その回路を作った時は必要だったから作った。
          それによってたくさん助けられてきた。
          そのことには素直に感謝。
          今まで生きてこられたのはそのおかげ。
          ありがとう。
           
          年月が経っていろんな経験をして歳をとって、
          今必要の無い、私に合わなくなってきた回路は
          選択しなければいいし、
          これはちょっと違うよねと、気づけば修正すればいい。
          歳をとるって、どんどん自由になることなんですね。

          実は運がよかった

          2013.03.24 Sunday

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            以前、世界はやさしいって書いたことがあるけど、 
            世の中の犯罪や災害などに巻き込まれた人の話を知ると、
            やさしくないこともたくさんある。
            やさしい時もあるけど、やさしくない時もある。

            大きな事件に巻き込まれなかった私は今まで運がよかったのだ。
            ありがとうございます。

            病気のせいにしない。

            2013.03.07 Thursday

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              だいぶ治まってきたけど、まだ完治とは言えない私の皮膚の炎症(アトピー)について。
              気づいたことを書いてみます。

              人が違えば同じ症状といえども原因が異なっているのが、治りにくいとされる病気の特徴だと思います。

              私の炎症の場合は、精神的なことが大きく関係しているということが、五年間いろいろ試したり観察してきて気づいたことです。


              今日大切だと感じたこと。
              それは、
              「自分が今やりたいこと、やるべきこと、できること、を行動に移さないことの理由に、病気を使わない」
              ということです。

              「なりたい自分」
              になる為の努力をしていないことへの後ろめたさを隠す為に、
              「病気のせいでこれができない」
              という言い訳をしない。
              (※これは、私の母がやってきたことでもあります。
              今も会いに行けば、いかに母の身体が弱いか、どれだけ日々しんどいかを延々と語られる。
              身体の不調をアピールして、何もしないことの言い訳にしているのです。)


              例えば10年後の自分を想像する。
              頭は考える…
              こんな風になっていたい けど、そう慣れなかったらどうしよう(不安)。
              理想に近づくにはかなりの努力が必要だ。(苦行?への恐れ)
              から、自分や他人への言い訳として
              「病気であれば誰からも文句を言われまい」
              という方向へ。
              無意識のうちに自分で自分を病に陥らせている部分がある気がします。

              治りたい、治したいと一生懸命想っている裏に、
              治りたくない、治したくない、という真逆の想い。

              努力の行動に伴う苦労や、
              努力したけどそれが実ら無かった後のことを心配して。

              そもそも、行動に伴う苦労って、そんなに恐れるほど凄まじいものなのだろうか?
              どうして私は、行動にそんな苦労が伴うに違いないと思い込んでいるのか。
              ここはこれから向き合ってみようと思う。

              「努力しても私の要望は叶わないであろう」
              という思い込みは、
              幼少期の経験から獲得したものだというのを何かで読んだ。
              自分の望みが通らない、
              叶わなかった時の絶望感を味わわないように、
              落胆しすぎて死にたくならないように、
              脳は私を守ろうとしてくれている。

              きっとこれまでは必要だったこと。
              いろんなことを知った今からは、自分で自由自在に守ればいい。

              「こうならなければいけない」
              なんてものは存在しない。
              それは、自分ではない誰かの為に生きているということ。

              「こうなりたい」
              があるだけ。
              自分の為に生きる。

              やりたくないことは、無理して我慢してやらなくていい。
              皮膚にわざわざ症状を出さなくても、
              辛いな、と感じたら休息をとればいい。
              考えが変われば、いつでも進む向きを変えればいい。

              誰が「自分の為に生きてはいけない」って命令して私を縛った?
               
              子猫を拾った。すぐ捨ててきなさいと怒られた。
              諦めきれなくて、数日自分の部屋でミルクをやったりしてかくまっていたが、バレた。
              母はやはり激怒して、今すぐ捨ててこいと言った。
              一緒に拾った友だちには知らせてからとお願いしたが、
              あんたは友だちに相談しないと何もできないのかとなじられた。
              友だちに会うことも辛くなったし、猫が心配でたまらなかった。
              何もできなかった無力感。
              それは、何の知識も経験もない未熟な子どもだった時の話。
               
              親が間違ったことを教えることは多々ある
              ということが今はよくわかる。
              自分も含め、身勝手な感情に任せて行動をとる大人がいかに多いことか。

              今は誰も縛ることはできない。
              自分が選んできたことが全て。
              まわりの人や環境のせいにしない。

              私が今何を選択して何をするかは自由だ。

              生き方や考え方の見直しを問いかけてくる私の身体。
              ありがとう。



               

              世界はやさしい

              2012.07.18 Wednesday

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                不快を感じる出来事に遭遇したとき、
                不快を無くす、不快を快にする行程をふんだら、
                身体が健康になったり
                ピアノが上達したり
                好きな事や人が増えたり
                固くなりすぎていた自分に気づいたり
                往々にしていいことが待っている。
                悪い様になるようにはできていない。
                世界はやさしい。

                ----------------
                2015.追記.

                私は母から
                世の中は敵だらけだ
                誰も信用してはいけない
                世の中は不公平。
                と教えられて育てられたので
                はじめは世界が怖くて仕方なかった。

                母からは
                父のことも
                祖父母のことも
                とても悪い人間だと教えられてきた。

                それが嘘だとわかったときは
                びっくりした。

                母以外
                誰も信用してはいけないと吹聴されてきた。

                その母が
                一番信用ならないことに
                大人になって気づいた。


                一番やさしくなかったのは
                母という人間だった。

                今思えば
                一番怖いのは
                母という人間だった。
                自分に都合がよければ
                母はどんなことだってする。
                事実だってどんどん捩じ曲げる。

                私は、父と祖父母と
                いや
                世の中の人すべてを
                敵に回す生き方を教え込まれていたのだ。

                その生き方を貫けば
                その先には
                孤独しか待っていない。

                母がどんなひどいことをしようと、
                最後には母の所へしか戻れないように仕組まれていた。
                寿命からすれば
                母の方が先に死ぬのに。
                なんて無責任なことをするのか。


                それに気づけたのは
                母がおかしすぎるので
                -たくさん調べたり本を読んだりしたから。
                -私が外へどんどん出て行ったから。
                -少し、自分を信じ始めたから。

                世界は
                教えられていたよりも
                ずっと
                やさしかった。

                 

                さらに幸せになる宣言(*´艸`*)

                2011.03.11 Friday

                0

                  2015. 7. 24 金曜日

                  これまでも幸せでしたが

                  私は
                  これからの人生
                  私の好きな人たちや
                  本当にお世話になった人たち
                  それから
                  何よりも大切な自分の為に
                  時間とエネルギーを使うことを
                  誓います。


                  -----------



                  世の中には様々な人が居て
                  この世界は成り立っているのですが
                  生まれて一番はじめに
                  信用するしかなかった人(母)が
                  大嘘つきだということが判明し
                  一度はすべて許せたのですが、
                  また新たな嘘や
                  お金にまつわる
                  迷惑をかけられていたことを知り
                  もうその人に費やす時間やエネルギーは
                  私には無いことに気付きました。


                  結婚をして
                  新たにできた家族である義父母もまた
                  子どもができないからといって
                  私という存在を否定することに
                  楽しみを覚える人たちだということがわかり、
                  この人たちにかける時間もエネルギーも
                  無いことにも気付きました。


                  衝突と怒りと悲しみの期間を経て
                  気付いたこと。

                  私はもう34歳。
                  人はいつまで生きられるかなんてわからない。

                  苦しいことに費やす時間とエネルギーは
                  とても空しい。

                  この大切なことに気付いたら
                  楽しい日々がやってきました。


                  衝突も
                  怒りも
                  悲しみも在ったからこそ
                  気付けたことでもあります。

                  だから、
                  その人たちにも
                  そういう意味では感謝。


                  でも私には、
                  もうそんなことに費やす時間もエネルギーも
                  無い。
                  勿体なくて
                  しかたがない。



                  これからは
                  大好きな夫と
                  大好きな友人たちと
                  本当にお世話になった人たちと
                  大好きなこの世界と
                  大好きな自分に
                  時間とエネルギーを使います。



                  肉親なのだから許せと言う人もいるけれど
                  何度もそうしようと
                  たくさんの時間と労力(とお金)をかけて努力してみたが
                  そう簡単に許せるものでもないことも
                  痛感した。


                  今の私に必要なのは
                  自分がやりたいことをやること。
                  会いたい人に会うこと。
                  (やりたくないことはやらない。
                  会いたくない人には会わない。)

                  それをやりきったら
                  その先に
                  許せる時が来るのかもしれない。

                  その時まで、
                  (母よ、義父母よ、)
                  さようなら。



                  ------------------------

                  (日付を311の日にしているのは、
                  この地震がきっかけで
                  母の本当のおかしさに気付いたという
                  体験があったからです。)