女難の根本?

2014.03.08 Saturday

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    父も祖父(母方)も、

    自分は母親から愛されなかったという悶々とした想いを持ち続けた人たちでした。



    二人とも女の子の扱いが苦手だったようだ。

    苦手だから、避けていた。

    だからいつまでも他人のようだった。



    父の母(=私の祖母)、祖父の母(=私の曾祖母)、

    何してくれとんねん怒り



    ...と、たまに怒りたくなる時がありますあひょうパンダ



    なぜ彼女たち(祖母と曾祖母)は、

    息子に愛情を注げなかったのでしょうか。



    本当に彼女たちは、息子を愛していなかったのでしょうか?

    ☆ ☆ ☆

    2014/04/16 追記。

    祖母も曾祖母も、
    ほとんど直接私と関わりの無い人。

    関わりの無い人のことをあれこれ考えても仕方ないと思うようになりました。

    彼女たちのことはどうでもよくなりました。

    父とも祖父ともほとんど会っていないから
    どうでもいい人たちに
    すでに分類され始めています。

    それよりも
    まず自分のこと。
    すぐ隣に居る人のこと。
    今、私のまわりに居てくれている人。
    今、直接関わる人たち。

    関係ない人のことは関係ないままでOK(^^)
     

    祖母のこと。その1

    2014.03.08 Saturday

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      私にとってのじいちゃんばあちゃんは、
      無味乾燥な存在でした。
      (父方も母方もどちらも。父方の祖父以外は皆ご存命です。)

      可愛がってもらった記憶はほとんどありません。
      お正月にお年玉をくれたりはしました。
      それはとても嬉しかったき


      母方の祖母のことを書こうと思います。

      私たちが住んでいた家と、母の実家は、車で15分ほどの距離でした。

      祖母は自分で車を運転して、しょっちゅう家に来ました。
      週に1,2回くらい来てたかな。

      来て何をするかといえば、
      ひたすらいろんなことに対する愚痴を言う。
      それを娘である母に聞いてもらう為に来ていました。

      愚痴の内容は、
      -身体がしんどい(ブイブイ車運転して移動してる人が!)
      -祖父や同居している叔父(祖母の息子)夫婦、親戚への文句

      これがほとんど。
      あと、賞味期限が切れた食べ物など(お歳暮でもらって結局使わなかった物)よく持ってきました。

      こんなんだから祖母が来る度に、
      母はどっと疲れて怒りっぽくなったり、
      途中から祖母と口論になることもありました。

      そりゃそうだ。
      私も嫌なばばぁだと思っていましたあ

      そのうち母は、居留守を使うようになりました。
      祖母がやってきたら、私が出て、母は留守だと言う。
      (母は自分の部屋に籠って隠れる。)

      祖母は、母が留守だと聞くとすぐ帰ることもあったし、
      しばらく待って帰ることもあった。
      待ってる間私とはほとんど口をきかない。

      居留守が多くなって怪しいと思ったのか、
      家のすぐ近くの祖母の妹の家に一旦行って、
      また戻ってくることもあった。
      そういう時はひやひやしました。

      家族間でのそんなやりとりアホらし〜とも思うけど、
      どうやら家を買うお金を祖母に少し出してもらっていたので、
      無下にもできないという事情があったようです。ふぅ。
      やだね〜。
      やっぱりアホらし〜。


      幼稚園くらいまでは、土日は母方祖父母の家に泊まりがけで預けられることが多かった。
      どういういきさつでそうすることになったのかは知らないけど、
      おそらく、若くで結婚して自分たちの時間が無いであろう父母の為に、
      孫(私と兄)を週末預かろうということになったのではないかと思います。

      両親の喧嘩を見なくて済むし、
      兄は祖父母の家へ行くことがすごく嬉しかったそうです。

      私は、嬉しいとも嬉しくないともなくて、
      無味乾燥なおじいおばあが居るおもしろくもなんともない家へ、
      淡々と出掛けるものだと思っていました。

      行って何をするかというと、
      ほとんどテレビを観ていたような記憶。

      土曜の夕方から泊まって、
      日曜の昼にルパン三世を観ながら袋麺(キャベツと卵が入ったいつも同じ味付け)
      を食べる。
      土日ってそんなもんだと思っていました。

      どちらかというと祖父の方が好きだったけれど、
      祖父は女の子の扱いが苦手だったようで、
      兄のことはよく面倒見たけど私はほったらかしだった。

      祖母も別に遊んでもくれないし。
      しゃべらないし。
      おもしろくねーー。


      何度か、祖父母は私と兄を旅行に連れて行ってくれました。
      覚えているのは白浜と沖縄。

      朝食バイキングで、
      食べない分の茹で卵を何個か祖母に持たされて
      「これ持っとき。」
      と言われて戸惑ったのを覚えています。
      (戦争中そこまで食料で苦労した訳でもないそうです)

      沖縄で買ってくれたお土産も、
      「美和ちゃんが遊んだ後Nちゃん(従姉妹)にもあげれるしな」
      と言いながら買ってくれたので、
      イマイチ私の物として扱っていいのかわからず
      嬉しくなかったのを覚えています。

      なーんかケチくさいな〜というイメージ。


      母が小さい頃から祖父母は共働きで、
      家には車が二台あって、当時は珍しかったそうです。
      祖父の稼ぎだけでも充分食べていけた上に、
      祖母も正社員で働いていたので、
      お金には困っていなかった。

      だけど、母には充分な物は買い与えられなかったそうです。

      体操服の替えが無いから、
      毎日帰ったら自分で手洗いして、
      布が薄くなって恥ずかしかったことなど、話してくれました。

      鉛筆一本買うのにも、
      給食費を払うことにも、
      文句を言われたそうです。


      祖母はたくさん着物を持っています。
      自分の物には惜しみなくお金を使う。

      その着物も、ほとんど着ることもなく今も箪笥にしまわれたまま。
      一度も着ていない着物もたくさんある。
      その分のお金を母に使ってくれたらよかったのにね。

      最近になって、祖母の着物道具を一部もらったけど、
      着付けの先生の所へ持って行ったら、
      染みができたりしていてほとんど使い物にならなかった。


      祖父母の所属していた宗教団体にも多額のお金を支払っていたようです。

      見栄っ張り。


      どんな宗教を信仰しようと、自由だと思います。
      でも、それとの関わり方が気持ち悪いとやだなーと思います。

      子どもに必要な物も買い与えず、
      宗教団体や着ない着物にお金をつぎ込む。

      お金の使い方が気持ち悪い。
      そんなイメージが強いおばーちゃん。


      まだまだあるけど、
      長くなったのでまた今度書きます。

      --------

      2014.9.22
      あるきっかけで、
      ちょっと今は別人のようになっています。
      おばあちゃん。
       

      結婚しなくていい。子どもも生まなくていい。

      2014.03.08 Saturday

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        結婚したら大変だから。
        子どもを育てるのは大変だから。

        だからあなたはどちらもしなくていいよ、
        しない方がいいよ。

        そう母に言われて育った。

        逆のことを言われて育った人も多いみたいだ。


        幼い私にしてみれば、
        両親は激しく不仲→
        結婚が大変というのは、
        さもありなん。

        子ども育てるのは大変って、
        子ども=私と兄のこと。

        だから、それをしょっちゅう言われるのは
        何だが悲しい気持ちがしたものでした。

        この人(=母)は、
        結婚したことも、子どもを生んだことも、すべて否定しているんだと。

        全部自分が選んだことなんですけどね。

        「お前ら(兄と私)のせいで自分は不幸なんだ」

        母から怒鳴られたことも多々ありましたね。


        元々、
        自分が誰かに愛されることなどあり得ないと思っていたので、
        結婚することも子どもを生むことも、
        自分とは無関係なことのように感じていました。


        でも、とても素敵な人と出逢えた。
        私のいろんな面を知った上で、
        それでも好きだと言ってくれる人に出逢えた。

        自分と合う人なんて、
        砂の中からダイヤを見つけるくらい難しいもんだと思っていた。

        夫と出逢えたことは、奇跡だと思っています。
        このことには素直に感謝が湧きます。


        後々気づいたのは、
        単に大変だから結婚出産しなくていいと言っていたのではないということ。

        おそらく母は、自分の手元から
        娘(私)が離れて行くのを阻止したかったのだと思います。
        いつまでも、
        「お母さんが一番好き」「お母さん無しでは生きていけない」
        存在のままで居て欲しかったのでしょう。

        人が自立することってこんなに大事なことなのですね。

        自立していない人は、
        子どもや他人の自立を阻止してまで、
        依存しようとする。
        とても厄介です。

        だから私も、
        心地よく自立する人になりたい。
         

        母から子へのマインドコントロール。少子化の原因の一つ!?

        2014.02.27 Thursday

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          中学生の時、

          私は父をどうやって殺そうか考えていたことがある。



          どうしてそんなことを考えるようになったのか。

          母のことを大事に思っていたから。





          物心ついた頃から、

          母から父に関する愚痴を、膨大な量聴いてきた。



          そのほとんどが、

          母=被害者

          父=加害者



          母はすべて自分が被害者だと思う癖があるので、

          そのほかのパターンとして、

          母=被害者

          祖母=加害者



          この話も大量に聴いてきた。
          (これはまたのちほど書こうと思います。)

          たまに私たち(兄と私)子どもが
          母の意に添わない意見や、
          自分はこうしたいんだと主張すると、
          母は、兄と私も加害者だ・ひどい奴らだと取り乱し
          怒鳴りながら騒いだ。

          悲しい気持ちになった。

          こういうことから私は、
          意見する=加害者になる
          という意識を持ったのかもしれない。


          母はとにかく、つらかったね、がんばったね、すごいね、えらいね、

          って言ってほしかったのだと思う。



          母もまた、自分を自分で認めることができなくて苦しんでいたのだろう。

          おそらく。





          母の認めて欲しいが強すぎて、

          私が何かできたとしても、

          「私(=母)が子どもの頃はもっとできた。まだまだ甘い。そんなんで喜んでたらあかん。」

          と言われることが多かった。




          夏休みの宿題に、魚の絵を描いた。

          出来上がって見せたら、

          色がイマイチだと言って、

          母が絵の具で上塗りを始めた。



          私は、手本として一部塗るだけだろうと思っていたら、

          母は全部塗り直した。

          びっくりしたけれど、

          もう一度描く気も起こらなかったので、そのまま提出した。



          先生に、この色すごいね!と言われ、

          クラスの男子からは、お前親に描いてもらったやろー!とからかわれ(笑)、

          ひどい気分を味わったが、

          描き直さなかった私も悪いし

          元々母より絵が下手な私が悪いんだと思って黙っていた。



          大なり小なりそんな出来事はたくさんあった。





          母は若くてとても美人で、

          歩いていたら誰もが振り向くほどだった。

          学校の先生(男性)にも度々

          「お母さん綺麗だね〜」と言われた。

          嬉しかった。



          そんな母と自分を比べては、

          自分はダメだなぁと思う子ども時代だった。





          話がズレました。



          で、母から父は悪いやつだと聴いてきて、

          それを鵜呑みにしていた私は、

          父を悪い人間だと思うようになった。



          大切な母を苦しめる奴は

          制裁されなければならないと考えるようになっていきました。



          父と私の関係は、

          他人のような関係でした。



          他人と同居しているような感じ。

          血が繋がっているのに、

          繋がっていない継父と住んでいるような感じ。



          小さい頃から父と二人きりで居ると落ち着きませんでした。

          父が居心地悪いと感じていたのを、

          私は感じとっていたのかもしれません。



          父は私とどうやって接していいのかわからなかったのだと思います。

          天真爛漫な息子(私の兄) に対して、

          あまりしゃべらず、何を考えているのかよくわからない娘、

          だったのではないかと。



          父自身と似ている部分も私に見い出して、

          余計扱いづらかった面もあると思います。



          (父のことはまたのちほど書こうと思います)





          父とコミュニケーションも取れていなかったことも影響して、

          どんどん母の語る父像を取り入れていきました。



          あのままずーっと一緒に暮らしていたら、

          いつか父に危害を加えていたかもしれないと思うとぞっとします。

          (なんだか、テロ組織のことを連想してしまいました。

          自爆テロをすることがすばらしいことだと教え込まれ

          マインドコントロールされて

          死んでいった人たちのことが頭をよぎります。)




          両親が別居した時に、

          母が「娘の為だ」と言ったのも、

          こういういきさつが関係しています。



          確かに「私の為」にもよかったのでしょうが、

          そもそもそんな状況を作り出したのは母と父です。





          子どものせいにすんなバカヤローーーマジで

          ですハート





          生んでもらったこと、

          育ててもらったことには深く感謝しています。



          親が子に影響を与えるのは当然のことで、

          必要なことです。



          でもそれが行き過ぎると

          私のように、

          「父を殺そう」なんて危険な考えに至るのだということを

          身をもって経験しました。





          こういう経験から私は、

          母親になりたいけど、なれない、なりたくない、怖い、

          と心の奥の方で思っているような気がします。





          そういう想いを持っている方が、

          もしかするとそれなりの数いらっしゃるのではないかと思うこともあります。

          (最近よく言われている"毒親"というやつの影響ではないかと)


          母が特別なのではなくて、

          時代背景がそういう人をたくさん作ってきた要素も大きいと感じることもあります。



          ----------------


          2014.9.22追記☆

          これを書いたのが今年の二月なのですね。
          今は、こんな体験を経た上で今の私ができあがっている。
          そして、今の私は、割と幸せです。
          だから、この経験も無駄ではなかったと思います。

           

          自分にとって「書く」ということ

          2014.02.27 Thursday

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            どうして書くのか。



            書きたいから。





            これまで書かなかったような自分のことを書いていくと、

            私と関わりがある人は心配になるかもしれません。


            こんなこと書かないでほしいと思う人もいるかもしれない。

            とくに近しい人はニコッ

            (母からは、自分の立場が悪くなるから

            こんな記事は消せと言われたこともあります(笑))




            その気持ちもとても嬉しい。

            ありがとう。



            今まで外に出したいけど出さなかったことを、

            今出そうとしている。

            出せるようになった。

            というのは、

            私にとってはとても嬉しいことです。



            いろいろ吐き出しますが、

            なまあたたかく見守ってくださいヤッタv

            あるいは、

            読みたくなくなれば読まないでくださいヤッタv





            書きたくて書いているので、

            誰かが少しでも

            おもしろいな〜とか、

            共感とか、

            してくれたらラッキーきらきら



            そんな気持ちで書きます。





            いつも読んでくださってありがとうございますきらきら


             

            記憶の書き換え

            2014.02.26 Wednesday

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              この間、兄としゃべった内容でびっくりしたことがありました。





              前にも書きましたが、

              うちの両親は喧嘩の絶えない激アツ・カポーでした。



              血走った鬼の形相で怒鳴るは物は投げるは、

              もうめちゃくちゃ(笑)



              今から思い返せば、

              そんなお二人の喧嘩もほほえましい思い出となっていました。



              穏やかな形ではありませんが、

              二人が激しく愛し合っていたからこそ、

              好き同士だったからこそのエネルギーのぶつけ合いであったと、

              今は思います。





              兄としゃべった内容というのは。



              小学校低学年の頃の話だと思います。(兄談)

              両親の喧嘩で、ついに包丁が登場したことがありましたおい



              母は激昂のあまり包丁を持ち出し、

              父は椅子でそれを防ぐ体勢にポカーンネコ



              その後どうやって収束したのか覚えていませんが、

              母が血走った目で包丁を持っている映像は今でも覚えています。



              その光景すら今では笑えるのですが、



              兄に聞いたのは、

              その時私が泣きながら「やめてーーー!!」と叫んでいたというのです。



              そんなこと言ったっけ???

              泣いてた???



              その時自分がどういう感情でどういった行動をとっていたかの記憶が

              すっぽり抜け落ちていました。



              こどもの頃ほとんど泣いた記憶がありませんでした。



              卒業式とかお葬式とか、

              人とのお別れの儀式で涙することも一切ありませんでしたし、

              みんながどうして泣いているのかさっぱりわからなかった子どもでした。

              感動の物語を観ても、

              泣くまでには至らない。



              ですので、「泣いていた」「叫んでいた」という私が居たということが

              どうしても思い出せない。



              兄は、ショックすぎて防衛本能で忘れたんちゃうか?って言ってました。

              そうかもしれないなと思いました。





              包丁を持っていた本人である母でさえ、

              私たち子どもたちの前で喧嘩したことなんてほとんどなかったやろーっと、

              あっけらかんと言い放つことがあって、

              度肝を抜かれます。



              忘れてる????



              家の中では子どもが居る前で堂々と、

              堂々過ぎるくらい度々、

              毎日のように喧嘩していましたけど!!??驚き





              人間忘れたいことは忘れるようにできているのかもしれませんね...





              きっと忘れることが必要なことだったから忘れたんだろう。

              必要であればまた思い出すかもしれないし。



              その時を楽しみにしていますゆう★





              家の中の話は決して外でするなと母に何度も言われていたので、

              子ども時代はストレスの塊でした。



              その時は気づいてなくて、

              それが当たり前だと思っていたから、



              なんで宿題ができないんだろう?

              自分はなんて怠惰なんだろう?



              ...と、自分を責めていました。



              今は、

              子どもの頃の自分はよくがんばった、えらかったねkyu

              って褒めてます。



              一緒に体験してくれた兄が居てくれたことも

              とても感謝していますゆう★





              記憶っておもしろい。

              脳の仕組みについて、もっと知りたいです。



              あと、子どもの前で喧嘩してるご夫婦やカポーさんに言いたいこと。

              誰にも迷惑かからない広場や山にでも行って、
              思いっきり二人っきりで自己責任でやれ。
              子どもの前でやるな。

              不仲を子どものせいにするな。


              喧嘩はしたらいいけどね☆
               

              男女のことはわからん。

              2014.02.25 Tuesday

              0


                男女のことは当事者にしかわからない。

                解決策も当事者しか持っていない。



                恋愛相談や夫婦関係の悩みを聞くことがよくあるけれど、



                私にはよくわからない、というか、



                当事者同士にしか結局わからないのだということ。





                まず私の人生で始めに相談されたのは

                うちの両親夫婦のことだ。



                母親から相談というか、
                父についての愚痴のようなことをたくさん聞いてきた。



                その度に、子どもなりにこうしたらいいんじゃないかと、

                いっちょまえに意見していた。



                そしてその意見に母が同意してくれたら、

                嬉しかった。

                どや!私すごいやろって、思っていた。





                今から思えば、母は私に意見を求めていた訳ではなくて、

                ただ聞いて欲しかった。

                (後日、さらに母の別の意図を知ることとなる。

                とにかく、父を悪者に仕立て上げて

                私と父の仲を裂きたかったようだ。)



                そして、母自身が自分で決めたとなると責任が残るから、

                私に意見を求めた風にして、

                娘である私に責任転嫁していたように思う。



                その積み重ねがあって、

                別居した時も、

                娘の為(娘の教育に悪いから)に別居した、なんて言っていた。





                夫婦やカップルの悩みを聞いて、

                後々あれは解決した?と聞いたら

                えっ何のこと? と言われることも多々あった。



                当の本人は忘れている(笑)



                話を聞いた第三者が勝手に心配し続けていただけ。



                どういう事やねん(笑)





                そういうことがよくあった。





                結局、男女関係のことは本人たちにしかわからない。

                周りはあたたかく見守るしかないんだね〜ヤッタv

                いろんなことに気づかせてくれたみなさま、
                ありがとう。大好きです。








                 

                嫌われたくないから嫌う?

                2014.02.22 Saturday

                0




                  もう一つ見つけた自分の癖ですハート











                  頼まれた何かをやりたくないから、



                  頼んだ人を嫌いになろうとする癖Dosomo_kao9







                  だったら断ればよかったのに、



                  断ったら嫌われると思って引き受ける。



                  嫌われたくない想いが強すぎるかわいい脳みその仕業。







                  引き受けてみたものの、



                  やっぱりやりたくない。



                   ↓



                  myかわいい脳みそは、



                  やらない理由づけをしようとする。







                  自分で自分を怠惰だと思いたくない?



                  やらない自分を正当化?



                  必死で自分を守っている?



                   ↓



                  自分が怠惰なんじゃなくて、



                  あの人はこんな嫌なところがあって、



                  だから私はやる気がしないんだ!



                  という理由付けをし始める。







                  あの人のせいで今自分はやりたくないことをやらされていて苦しんでいるんだ!



                  ...なんてことを考え始める。







                  ....おそろしい子...!!


                  これって、、、

                  母がやってたことまんまやん!!!Σ(;゜Д゚)ギャアァァアァアアッ!!!











                  元は相手のことが好きで嫌われたくないから



                  引き受けて、



                  そのことによって相手を嫌う。



                  自分は嫌われたくないのに、



                  自分からは嫌う。







                  ひぇ〜〜〜〜〜!!!











                  穴があったら入りたいですDocomo119







                  でもあえて書いてみました!







                  同じような癖をもっている超かわいい人に役立つかもしれんし...ゆう★











                  これに気づいて、



                  前回書いた、



                  -断ったらいけない



                  -意見してはいけない



                  などの思い込みが薄らぎました。





                  そんな流れもあって近頃は無理に引き受けることもなくなって、



                  やらないことは断ることができるようになりました。







                  「断って嫌われるのは悲しいけれど、



                  断られたから嫌うような人にまで好かれたいですか?」







                  という大変すばらしいアドバイスもいただいたのでニコッ



                  とても気持ちが楽になりました。







                  そこまでして好かれたくないし、



                  嫌いにもなりたくないです♪

                   

                  大切にしたら価値がでる

                  2014.01.19 Sunday

                  0
                    最近 cakes でコンテンツを読むのが楽しい。

                    cakesには私の好きなクリエイターさんや
                    気になる人のインタビュー記事が配信されているので、
                    おもしろいサービスだなぁと思っています。


                    漫画家、藤野美奈子さんの「ウチの母が新興宗教にハマりまして」
                    これも好きな連載の一つです。


                    第七回の連載:「母が宗教にハマって20年が経った」

                    どんなことでも、その人自身が大切に想って20年も粛々と続けたことには凄みが出る。

                    そんなことが描かれてあって、
                    なるほどなぁと感じた。

                    ------------------------------------

                    道ばたで拾った何でもない石ころでも、
                    気に入って拾って、磨いて、大切に大切にしていたら、
                    輝きが出てくる。

                    周りの人も、その石どうしたの?って聞きたくなってくる。


                    使い込んだ道具の風合いも魅力的。


                    逆に、どんなに一般的に価値があるとされる物でも自分でいいと思わなければ、
                    部屋のスペースを占拠する要らない物(ゴミ)となる。


                    小さい頃、友だちが大事そうに持っている物が羨ましくなったりしたのは、
                    同じ物を買ってもらえば済む話じゃなくて、
                    その物が持ち主にすごく大切にされていたから素敵に見えたんじゃないかな。



                    人も同じかもしれない。

                    自分のことを大切にしている人は、
                    他の人から見ても素敵に見える。



                    ちょっと話が飛躍するかもしれないけど。

                    他人から見たら何でもない無駄なことでも、
                    自分がその時大切だと思ったことを悩みながら体験していく。

                    かっこ悪くもがいて、あっぷあっぷして、
                    その時にできる選択をして、行動して。

                    そうやって今日まで生きてこれたこと自体が凄いことなんだと思った。


                    そうやって見ると、
                    生きている人も、生きていた人も、
                    みーんな凄いんだなぁと思えてきた。




                     

                    Facebook

                    2014.01.04 Saturday

                    0
                      昨年末で、

                      2年ほどお世話になってきたFacebookの利用をやめました。



                      普段会えない人の近況がリアルタイム

                      (正確にはその人が書き込んで投稿した時間ではありますが)

                      でわかるので、

                      とても便利で楽しいツールと言えます。



                      友人のライブ情報などもわかるので、

                      行きたいライブを逃すことなく行けたりもします♪





                      一方で、実際にFacebookでつながっている人と会って話したりしていると、

                      違和感を覚えることも多々ありました。



                      具体的に言うと、

                      Facebookに書かれた内容だけから推測して

                      私という人間がどんな風に生活しているかという

                      大まかな判断をその人がくだしている、

                      ということです。



                      Facebookは他のSNSやTwitterなどに比べて匿名性が低く、

                      一般的に「いいね!」とされることを書く場所になっているようです。



                      もちろんそれは、

                      誹謗中傷とか読んでいて気分よくない内容に出くわすことも少ないという意味で、

                      とても素晴らしいことだと思います。



                      「いいね!」をみんなが書いている場所だと認識されているはずなのに、

                      その内容だけで判断するのは、

                      なんだか変ですね。



                      生活していれば、

                      嬉しいこと楽しいこと、

                      嬉しくないこと楽しくないこと、

                      どちらもあります。



                      人に言わない悩みや苦労もたくさんあります。



                      そういうもの全部ひっくるめて生きていて、

                      みんな大なり小なりあると思うのですが

                      なぜか他人に対してはいいことばかり起こっているように錯覚する人がいると感じました。





                      その錯覚は、気をつけないと私もしてしまうだろうとも思いました。



                      そういうのを合わせのんだ上で、Facebookを続けるか?



                      私の答え:もうやーめたにた



                      でした(笑)





                      同じ事象一つを見ても、

                      10人いれば10通りの見方がある。


                      上に書いた錯覚なんていつでもどこでも常に起こっていることなので、


                      誰かがどうのこうのという問題でもありません。



                      会いたい人には会って話す。

                      そのシンプルな感じが、

                      今の私には合っているなと思います♪


                      楽しかった話や嬉しかった話を、

                      心から楽しんでくれる人とつきあっていきたい。



                      コメントしたり嬉しいコメントもらったり、

                      誰かの文章で大笑いさせてもらったこともあるし、

                      幸せな時間をたくさん与えてくれたFacebook。



                      また始めたいなという気持ちになったら、お世話になりますぺこり



                      今までどうもありがとうheart